「IBBY大会 講演要旨」  2002       角野栄子

 欧米の住宅と日本の住宅は建て方に違いがあるように思う。欧米の住宅は壁で住空間を囲むことから始まる。日本の住宅はまず四方に柱を建て、そこを動かすことの出来る間仕切りで囲むことにより住空間を作ろうとする。この違いはとても興味のあることだ。欧米の住宅は壁によって、外部から内を守るものであったのに、日本の住宅は開口部をひろくして、外部を内に取り込もうとしているように思う。
 このような日本家屋では自然と一体化した暮しが続けられてきた。家のなかにいても自然の音と直に接することができたので、日常の生活でも、文学のなかでも、美しいオノマトペを生んできたと思う。身近な現象を動詞化して表現するのでなく、「宮沢賢治」の文学などにみられるように、純粋に音で表現するようになった。
 私の子供の頃の経験からいっても、このように「見える世界」と「見えない世界」がごく日常のものとして暮らしのなかにあった。
例えば、日本では夏、7月に死者を家に迎え入れるという「盆」という習わしがある。その第一日目の夕方、家族全員が立ち並ぶなかで、死者を迎えるための火をたく。死者の魂は、「見えない世界」から煙に乗って、「見える世界」、日常の暮らしに戻ってくるといわれている。そのとき私の家ではスライドできる戸はすべて大きくあけて、死者をむかえた。サンタクロースと煙突の関係を思うと、不思議の入り口はひろかったと思う。
私は四歳のときに母を亡くしているので、「盆」に帰ってくる死者は母以外には考えられなかった。燃やした火の煙にむかって、父は手をあわせて祈りながら、つぶやくようによくこんなことを言った。
「今年は床を一段高くしましたから、つまずかないように」とか「家具を動かしたから、迷わないように」とか。
それを聞くと子供の私は姿は見えなくても本当に母が帰ってきたのだと信じられた。こんな風に家の建て方もあいまって、日本の暮らしには「見えない世界」はいつもすぐ隣にあって、繋がっていた。この二つの世界は仲良く共存しているのだ。
 科学中心、人間中心の近代化の流れは、この世以外の世界を排除する流れでもあったと思う。少なくとも近代以前の人々にとって、この世とはべつの世界が背中合わせに確かに存在していた。それは近代にいち早く入った西洋でも同じだったと私は思う。「見える世界」と「見えない世界」は近代化につれ、人の心のなかでその間がだんだんと離れ、人の関心はもっぱら「目に見える世界」に向けられるようになった。えがはっきり分けられるもの、数値中心、効率優先、そこが人のよって立つところと変わり始めた。この二つの世界があって初めて人の存在があるはずだし、人の心の安心もあると私は考えている。そこでこそ子供は大人に成長していくのではないだろうか。
 それで、この二つの世界をつなぐ者として、私は魔女を主人公に物語りを書いた。この十二才の主人公もいささか近代の洗礼を受けているので、魔法は一つしかつかえない。それはほうきで空を飛ぶことだけなのだ。でも不思議なんてもうないと思っている人々に、まだあるのだと知らせる役目は持つことができる。
彼女はたった一つの魔法を生かして、宅急便屋をはじめる。「見える物も見えない物」も運ぶのだ。物(物質)というのは一見見える世界の存在のように思えるけれども、この二つの世界をもっているものだと私はおもう。すべての物は人の願いからこの世に誕生したのだから。日本ではすべてのものに魂があるとかんがえられている。私の書いた少女の魔女は物を人から人へ運びながら、その間をながれるさまざまな目には見えない豊かな世界を感じて成長していく。自分の生きていく道を確認していくのだ。
 魔女の心の成長がそうであったように、人は二つの世界がなければ存在があやしくなる。そこから豊かな想像する心がうまれ、お互いの存在を尊重する心もうまれる。また物語もこの二つの世界なくしては生まれない。
 私は子供の文学がすぐさま世の中を変える力を持っているとは考えていない。子供の文学はイデオロギーであってはならないともおもう。こどもの文学は一人一人の心に個人的な不思議のたねをそっと置いていくものだと思っている。その種が読者に自由な心のうごきをそくし、その人らしい生き方に繋がることを考え、また願っている。

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