ぴりぴりこんにゃく

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私の本に「ごちそうびっくりばこ」というのがあります。
奇妙なごちそうがいっぱいでてきます。
今回の角野さんちの晩ごはんは、この奇妙なごちそうの一つをご紹介しましよう。
ちょっと長いけど、読んでくださいね。


コンニャクをたべると、きまって遠いむかしの夏祭りの夜のことを思い出すのです。
 そこでわたしは、ひとりのおじいさんに会ったのです。
 お祭りのちょうちんの外がとぎれたあとのくらがりに、そのおじいさんは小さなおなべをまえにして、ひっそりとひとりで立っていました。わたしはその日縫ってもらったばかりのゆかたを着て、まだほんとうに小さな八つばかりの女の子でした。おじいさんはわたしが見ているのに気がつくと、小さなおなべからこんにゃくの煮たのを一つ、二つと口に入れて、
「ひーからい、ひーからから」
と口をとんがらせて、顔をくちゃくちゃにしました。それから低い声でうたいだしたのです
  「さあーあさ おたちあい。
   かえてみせましょ
   あたしのかおを
   こねてまるめて
   たたいてのして
   チキチン チキ チキチン
   お代はみてのおかえり
   チキチン」
 おじいさんは舌を小さく動かして三味線みたいな音をならしながら、両手で顔をたたきはじめました。すると、顔がみるみるこんにゃくみたいな、のっぺらぼーになって、でも、口は音をならしつづけて、
  「まんなかひねって
   ぐいとひきゃ
   チキチン
   てんぐの顔の 一丁あがりだ-い
   チキチン
   右と左をかさねて たたきゃ
   チキチン
   一つ目小僧のできあがりだーい
   チキチン
   あごを ひっばりゃ 馬になる
   ひひひんひん
   おりゃりゃりゃ チキチンチキチ
   キチン」 
おじいさんは歌のとおり、顔をひっぱったり、たたいたりして、てんぐになったり、一っ目小僧になったり、馬になったりすると、
「おじょうちゃん、つぎはなにがいいかい?」
と、わたしにきいたのです。
「なんでもできるの?」
わたしは思いきっていいました。
「あたしにもやって。あたし美人になりたいの。これでできないかしら」
わたしは金魚すくいをして綿がしを買おうと思っていたお金を、たもとからだしました。
「まあ、いいだろ」おじいさんはお金をおさいふにしまっていいました。
「じや、お口をおあけ。ぴりぴりこんにゃくをやろう」
「ぴりぴりって、とんがらしのこと?」
「いや、ぴりぴりだよ、そっくりだが、ちとちがう、これはぴりぴりだ。おじょうちゃん、そう思わんといかんよ」
 わたしが力をいれてうなずくと、おじいさんはさっきのこんにゃくを口に入れてくれました。そのからいこと。
「ひ-からいひーからから」
 わたしがぴょんぴょんとびはねると、おじいさんはわたしの顔をつまんだりたたいたりしながら、うたいだしました。
   「まんなかつまんで
   ちょいとひきゃ
   チキチン
   たかはな一丁できあがり
   おでこを
   びぴんとつっつけば
   ぱっちりおめめのできあがり
   チキチン」
それから、一息つくと、「さ、これでよし」
と、いいました。
 わたしはおおいそぎで家に帰って、鏡をのぞきました。たしかに、わたしは美人になっていました。はながちょんと上をむいて、目がぱっちりして。それからわたしは、大人になるまでずーっと美人でした。でも大人になったとき、もっと美人になりたいと思ったのです。それでたびたび自分でぴりぴりこんにゃくを作って、たべては顔をつまみ、たべては顔をたたいてみました。でも、だめです。美人になるどころか、だんだん変になってくるのです。とんがらしをぴりぴりだと、いっしょうけんめい信じて作ってみたのに、どうもうまくいかなかったのです。作り方がわるいのか、それとも大人になっちゃったわたしがわるいのか……。

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